法人概要・沿革

慶勝会のはじまり

初代 鈴木勝太郎

私たち医療法人社団 慶勝会は、明治21年(1888年)産婦人科「赤門鈴木医院」の開設を礎として、時代ごとに地域のニーズにお応えすることを使命とし、これまで取り組んでまいりました。これからもこの使命を全うし続けてゆくためにも、絶えず邁進してまいります。

赤門の由来

名称の由来となった「赤門」

江戸時代に南部藩(現在の盛岡)の御常宿として通称「南部屋」の名称で呼ばれていた鈴木家は、交易の司処として南部藩主より、門柱に朱塗りを、塀の上には高張り(庇)を許されました。この朱塗りの門すなわち「赤門」が名称の由来として今日まで継承されているのです。

江戸時代に南部藩(現在の岩手県盛岡市)の御常宿として通称「南部屋」の名称で呼ばれていました。交易の司処(大切な場所)として、南部藩主より、門柱に朱塗り、塀の上にひさしを許可されました。この朱塗りの門「赤門」が名前の由来として、今日まで継承されています。その後、明治21年に初代 鈴木 勝太郎が現在の地に産婦人科「赤門鈴木医院」を開業し、現在に至っています。

慶勝会 法人概要

法人名 医療法人社団 慶勝会
事業内容
  • 有床診療所
  • 介護老人保健施設
  • 訪問看護
  • 訪問介護
  • 居宅介護支援事業所
  • 地域包括支援センター
  • 認知症初期集中支援チーム
設立 平成7年(1995年)
代表 田中 耕一
従業員数 259人(平成28年7月現在)
資本金 85,000,000円
事業所

沿革

明治21年
  • 初代 鈴木勝太郎が現在地に産婦人科「赤門鈴木医院」開設。
明治39年
  • 「赤門鈴木病院」へ改組。
昭和10年
  • 2代 鈴木紀が満州国に産婦人科医院を開設。
  • 2代 鈴木紀が満州で開業中は、後の慈恵医科大学学長となる樋口一成が樋口病院分院として使用。
  • 戦中は海軍の将校クラブ、迎賓館として使用された。
  • 戦後は一時GHQも使用。
昭和21年
  • 2代 鈴木紀が帰国。「赤門鈴木病院」を再開院する。
昭和28年
  • 3代 鈴木勝が着任。
昭和46年
  • 2代 鈴木紀の死去に伴い、鈴木勝が3代院長就任。
昭和63年
平成7年
  • 法人へ改組し、「医療法人社団慶勝会」設立、鈴木勝が初代理事長就任。
  • 館山市内では初めてとなる「なのはな訪問看護ステーション」開設。
  • 在宅看護を手がける。
  • 同時に訪問診察を開始し、在宅医療を手がける。
平成9年
  • 4代 宮川準、赤門整形外科内科 院長就任。
  • 介護老人保健施設 赤門なのはな館」開設。
  • 在宅復帰施設としての介護サービス、リハビリテーションを提供。
  • 田中耕一、赤門なのはな館 施設長就任。
平成10年
  • 「館山市なのはな在宅介護支援センター」開設。
  • 介護相談や高齢者等の実態調査を館山市の委託を受け開始する。
  • 平成12年には介護保険開始と同時に「居宅介護支援事業」を開始。
平成11年
  • 「訪問介護員(ホームヘルパー)養成講座2級課程」を開始。
  • 介護員の養成を今後の重要課題としたスウェーデン国カルマ県ヴェステルヴィーク市と交流を持ち、現地施設での認知症高齢者介護研修を始める。
平成12年
  • 田中耕一、慶勝会 副理事長就任。
  • ホームヘルプサービスなのはな」を開設。
  • 在宅における訪問診察、訪問看護との連携により在宅サービスの充実を図る。
平成15年
  • 宮川準 医療法人社団慶勝会 理事長就任。
平成18年
平成19年
  • 田中耕一、医療法人社団慶勝会 理事長就任。
  • 院内保育所開設。
平成21年
平成25年
平成26年
平成27年
  • 髙木晴代「介護老人保健施設なのはな館みさき」「サテライト型小規模介護老人保健施設なのはな館なぎさ」施設長就任。
平成28年
平成29年